お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

   “夏至 来たる”
 


夏至を越え、六月も終盤に差しかかろうという頃合いになって、
関東地方、東京や神奈川を中心に、
猛烈な雷雨となり、所によっては数十分にわたって雹が激しく降りそそいだ。
雹というのは氷の塊なので、
何でこの暑い季節にと思われがちだが、
実は夏場ならではの“積乱雲”が立ってこそ降るのがこやつであり。
それは暑い日が続く中、不意に上空に冷たい気団がすべり込むと、
地表の温暖な空気が一気に上昇。
この上昇気流が積乱雲を作り、その中で水滴が凍ったり解けたりを繰り返す。
水蒸気のうちは昇るものが、上空の冷えた空気で凍って重くなり落ちてくるのだが、
落ちる途中で解けて軽くなればまた上昇する。
上空と地上の気温差が大きいほど、上昇気流の勢いも強いものだから、
多少の大きさの水滴では再び舞い上げられてしまい、
結果、相当大きな塊になってドサーッと落ちてくるのが雹である。
三鷹の辺りでは、ビー玉くらいの雹が見渡す限りの通りを埋めてしまい、
まるで積雪を思わせるような有り様になっていたそうで。

 「雨樋や ガレージの庇屋根が
  無残に割れてしまったお宅もあったんですって。」

今時は、国民 誰もが特派員状態で。
たまたま居合わせたという人たちにより、
手持ちの携帯やスマホで撮影されたという動画が、
テレビ局へ多数寄せられるため。
火事や災害、事故や事件は、
現場の様子というのが映像つきで伝えられるのが
当たり前となりつつある今日この頃。
七郎次もテレビのニュースで
それは激しく降りそそいだ雹の様子を何度も観たようで。

 「いろんな予報士のお兄さんたちが、
  仕組みを説明してくれるものだから。
  雹に関して何だか詳しくなってしまいましたよ。」

落雷で入院した人も出たのだ、喜んではいけないことと、
満面の笑みという訳にもいかずで、ふふと小さく微笑った秘書殿なのへ、

 「みゅう?」

やっと脱稿した勘兵衛のお膝によじよじと登っていた、
キャラメル色のメインクーンちゃんが、
なぁに何のお話?と、
向かい側のソファーに座している金髪のおっ母様の方を向く。
七郎次が零した御機嫌な波長を察し、
何かいいことあったの?と仲間入りでもしたかったものか、
小さな身をひねったところ、

 「あっ。」

そのまま ずり落ちかけたのへ、
さすがはお母様、大変だと感じた反射も鋭く、
わあと立ち上がりつつ身を延べ、手も延べたのが七郎次なら、

 「…おいおい。」

暑いのでと薄い生地のイージーパンツを履いてた勘兵衛の腿へ、
幼い爪を立てるよにして、ぶらんとぶら下がったご当人様だったりし。
子供と言っても さすが人間よりもずんとは野生の血が濃い猫さんで、
咄嗟に手が出たらしいのだが、

 「くすぐったいから早よう引き上げてくれぬか。」
 「あ、はい。」

両手の小さな爪を全部立てていたようで、
それがさわさわと当たるのがくすぐったいと御主は言う。
ありゃ大変と、今度はソファーから立ち上がり、
傍らまでを回り込んだ七郎次。
ひょいと屈むと、
両手がかりで小さな坊やを掬い上げるように抱えてやって、

 「怖かったねぇ。落っこちるとこだったよ?」

懐ろへと掻い込むと、
ほわほわの頬へ自分の頬をすりすり擦りつけてやれば、

 「まう・にゅいvv」

やぁんvv 何しゅるの〜vvとでも言っているものか。
にゃは〜っというまろやかな笑顔のまま、
されるままになっている あどけなさよ。

 「ところでクロちゃんは何処ですか?」
 「此処だ。」

ソファーの外側、ラグから外れた板の間に丸くなり、
くうすうと心地よさそうな寝息を立てている様子で。
小さな身を丸め、金の鈴のような目を閉じてしまうと、
どこが頭でお尻やら、これはもう黒いマリモというしか。(笑)

 「…お腹、冷やしませんかね。」
 「なに、毛皮を着ておるのだ、大丈夫であろうよ。」

おっ母様の懐ろに落ち着いた久蔵も、
小さなお手々でシャツに掴まりつつ やや身を乗り出すと、
お〜いと声をかけたそうなお顔をしたものの。

 「ダメだよ、久蔵。」

延ばされた身へ手のひらを添わせて、
こっちおいでと引き戻す。

 「クロちゃんは赤ちゃんだから、
  いっぱい寝るのがお仕事なんだよ?」

だからお邪魔しちゃあダメだよと、
兄貴分からのちょっかいかけを制したものの、

 “そんなに ほのぼのとした寝不足ではないのだがな。”

勘兵衛が ついのこととて苦笑を洩らしたのは、
昨夜のこの界隈は、荒れた天候にこそ襲われなんだが、
雷光よりも切れ味のよさげな刃が、
夜陰を切り裂くように飛び交った晩でもあったから。
数多の妖異の襲来に、
七郎次の傍らで勘兵衛が防壁を張り、
屋敷をくるむよにクロが巨大な本体を見せ。
そういった水も漏らさぬ防御が、
妖かしの求める精気をくるみ込むよに構築された中、
そちらも自らへの封を解いた久蔵が、
氷のような刃を振りかざし、
這い寄る瘴気の気配をことごとく打ち払って過ごしたのであり。
それを勘兵衛が思い出しているうちにも、
七郎次に抱えられてた久蔵が“くあぁあ”と、
小さなお口を大きく開けてあくびを放ったので、

 「ありゃま。」

眠いの伝染っちゃったかな、なんて。
唯一事情が見えない存在が、そんなのんきな感慨を口にした、
ちょっぴり蒸し暑い六月の終わりだったのでありました。





  〜Fine〜  14.06.26.


  *勿論、そういう護衛にあたっている間、
   シチ母さんには よっく寝ていていただく必要があり、
   誰かさんが頑張ったのは言うまでも(((ry

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